
好きなスロウコアのアルバムについて書いてます。
Bluetile Lounge - Half Cut(1996)

オーストラリア発のスロウコアバンドBluetile Loungeの2nd。彼らの名盤1stではじっくりじっくりと絶頂へと向かっていき頂点に達したことすら気づかないまま暖かさが充満していくようなアルバムだったけど、今作M1のLinerは静寂から入り、曲の骨組みが出来上がる前にエモーショナルなギターの轟音が全部を覆っていってしまう。この極端な静と動の対比は今までのBluetile Loungeには無かったし、エモという概念を音楽ジャンル的なスタイルというか視点を完全に捨てた場合で捉えるとしたらこの轟音を聞いてるときの自分の感情は間違いなく"エモ"以外の何物でもない。どことなくKarateの1stや更にそのルーツとなるであろうCodeineの最終作「White Birch」の暗く塞ぎ込んだ冷たさをもう少し暖かく、穏やかに、しかしやはりどこか終末感漂う独りぼっちのサウンドトラック。2曲目以降は1stっぽくじわじわと一滴ずつコップを満たしていくような心地よさがあってM2のHiding to Crashは11分ある大作。1stと違う点と言えばアコースティックサウンドが多めになってるところか。後半うっすらと、ギターノイズがかなり小さな音量で背景から徐々に覆ってくるところがとても心地よく、この感じ結構初期Red House Paintersを思い出す。
ちなみにSonic Youthのスティーヴ・シェリーがやってるSmels Like Recordsから出していて、それが関係してるのかどうかはわからないが前作と比べてもっと音の輪郭がはっきりしたというか、硬質になったというか、雑にオルタナっぽい音になってると思う。ノイズの部分とか。アコギとの対比的にそう聞こえてくるのもあるかも。もし私的スロウコアベストを組むとしたら間違いなく上位に入ってくる作品で、いや1stのときも近いことを言ったけど比べることができないくらい両方好きで、それぞれ違う好きな要素があるし、大切なバンドなんですよね。

こちらもSmells Like Records出身のSSWの1stで、結構この後売れたのもあって今では大御所だけど、これは正真正銘無名時代の1st。結構昨今の音源とは作風が違ってローファイで音数の少ないスロウコアにかなり近い作品。Smells Likeらしくドラムを叩いてるのもスティーヴ・シェリー。しかしたぶんシーンを意識したとかではなく、素でこれをやってるというか、歌いたいことやりたいことに合ったスタイルがこの音数の少ないアンサンブルとボーカルの浮き出た形で、結果的にこうなったんだと思う。というわけでスロウコアというよりは"スロウコアっぽいSSW"と呼ばせていただきたい。ボーカルはPJ HervyとかShanon Wrightを思い出す悲壮感全開なところも今のCat Powerから考えたら意外かも。何枚か出した後にマタドールに移籍、バンドにDirty Three人脈が合流してからは結構カラフルというかアルバムの中で様々な彩を見せてくれるけど、今作はシンプルにギター、ドラム、ベースとボーカルのみ、カラフルどころか全体を半透明の灰色のフィルターで覆ったような空気はやはりサッドコア的。
Cat Power - Myra Lee(1996)

ジャケからして最高なCat Powerの2nd。1stの延長線上を更に煮詰めていったようなこちらこそ正真正銘スロウコアなアルバムで、M1のEnoughからかなり静謐な始まり、ただひたすらCat Powerとギターの音が交互に近づいたり遠ざかったり不穏にゆらゆらと浮遊していきSlintのDon, Amanを思い出すような張り詰めた緊張感が漂ってくる。前作もそうだったけど、溜めて溜めて爆発させず緊張感を維持していくタイプのスロウコア。「Enough」「We All Die」も彼女が目の前で弾き語っているような生々しさがあり、「We All Die」に関しては中盤ドラムが参加してくること自体が素朴ながら大きなカタルシス。最終曲「Not What You Want」のワンルームで安マイク1本で録ったようなラフでローファイな録音はどこか切実さも感じ、このアルバムの最後として完璧すぎる。この不穏で枯れ切った雰囲気がたまらずCat Powerで一枚選ぶなら間違いなくこれ。最初に少しSlintに触れたけど、それこそブライアン・マクマハンのSSWとしての色が濃かった初期For Carnationとかが好きな人なら、あの空気感を継承する作品として絶対間違いないかと。

現代まで続くインディーロックの名門Matador Recordsより4th、90年代のCat Powerでは一番知られた作品かと思う。先述したDirty Threeのメンバーが合流してきたってのはまさにこの頃で、それもあってリズム隊の豊かさがすごい。このままSSWとして世界観を広げていく一発目の作品だと思うけど、このアルバムはまだ1st2ndの延長線にあるスロウコア的側面も強く、ただ悲壮な雰囲気は薄まりどことなく親しみやすくなりポップさが増したかも。音数が少なさは変わらなくとも、その素朴さが荒廃とした雰囲気ではなく優しく穏やかな空気に変わってきていて、例えるとサウンドに大きな変化は見せずCodeine~SlintのラインからDusterやBedheadのラインに車線変更した感じ。隣ではあるけどね。
Red House Painters - Down Colorful Hill(1992)

サンフランシスコ出身、スロウコアというジャンルを代表するバンドでもあるRed House Paintersの1st。4ADということもあって透明感のあるじめっとしたギター音やリバーブがかった靄の中のようなサウンドはゴシックな雰囲気も強く、遅くて陰鬱なポストパンクと言った方がまだしっくりくるかも。メロディーも塞ぎ込んだ暗さがあって、このボーカルが後のスロウコアというジャンルに与えた影響はかなり大きいのではないかと思う。まるでデモ音源にそのままリバーブかけましたとでも言いたくなるローファイでのっぺりとしたサウンドは4ADという前提もチラつくんだけど比較的UKのインディー/オルタナ派生として聴ける側面もあると思う。要するにゴスっぽい。同じくアメリカ発4ADの同時代のPixiesとは動物ジャケと寝室ジャケというのがそれぞれの個性が出てて良い。
本来ロックミュージックにおいてカタルシスとして爆音でかき鳴らされる(という印象が少なからずある)"ノイズ"が、曲の後半からヘッドホンで聞かないと気付けないくらいの極小の音量で徐々に耳元を覆っていく「Medicine Bottle」を最初聞いたとき固定概念を破壊されような気持ちになりかなり衝撃を受けた。この引きというか、侘び寂びの美学よ。「Lord Kill The Pain」でのアコースティック・ギターの裏でノイズが走ってくのも良い。こういった独自のオルタナティヴ・ロック的アプローチも見えてくるのがこのバンドの特徴の一つで、次作以降アメリカーナ方面にも通じてき最終的にSun Kil Moonというフォークロックのプロジェクト(ソロ?)へと続いていく。
Red House Painters - Red House Painters(Rollercoaster)(1993)

セルフタイトル2nd。大傑作。もう本当に素晴らしくて14曲75分、セッションで23曲録音した中から選ばれたらしいけどもう珠玉の名曲しかなく、残りの内8曲は次作に収録(これもマジで良い)。
とにかく1曲目の「Grace Cathedral Park」から美メロ、前作から引き続きゆったりとしたドリーミーなスロウコアを鳴らしているが随分と風通しがよく、Down Cloful Hillでの最終曲「Michael」からそのまま地続きで始まったひたすらあてもなくドライブをしているような旅のサウンドトラック的な曲。マーク・コズレックがルーツとして元々持っていたアメリカーナの風が徐々に吹いてきたってことだと思うけど、塞ぎ込んだ前作と比較すると少し窓を開けた感じで前作以上に聞きやすい。代表曲「Katy Song」も前作のポストパンクっぽい艶やかなギター、ではあってもゴシックな空気は前作ほどは無く。Katy Songはイントロのギター1本から心を鷲掴みにしてくるパワーのある曲で、中盤からCocteau Twinsとも通じる儚い雰囲気が前面に出てきてまるでカーテンのようにギターが幾重にも重なっていくのは本当に美しい。これを、途方もないくらい繰り返した後に最後の最後に裏でギターがうねりを上げていくアウトロにはもう泣くしかない。これから盛り上がるかなってところで更に音を足しながらも展開前にフェードアウトしていくのは前作Medicine Bottleでの小音量のノイズと同じく、想像とは逆に向かっていくというか、ここでも引きの美学を感じてすごくグッときてしまう。続く「Mistress」でもこの中ではストレートなノイズ路線、海外メディアではシューゲイズとも比較されてたのもまぁわかる感じでこの2曲は4AD色全開、というか4ADサンプラーにもこの曲が収録されてて最もわかりやすいドリームポップ枠。
アルバム内でもとくにゆったりとした、アコースティックな「Down Through」や「New Jersey」といった名曲郡もあり、この辺の曲ではアメリカーナ的な側面が強く、4ADの耽美な音世界の中でもニール・ヤングを想起させるようなフォーキーな質感も持ち合わせていたという意味では本当に稀有だ。曲がスロウな上に繰り返しが多いので通して聞くと長いけど、それでも間違いなくこのアルバムを聞いている時間は"ここではない遠いどこか"へ連れてってもらえるような気持ちになる。
Red House Painters - Red House Painters(Bridge)(1993)

前作と同名のセルフタイトル作でジャケで見分けつきますが要注意。かつて2ndが欲しくて通販サイトを利用したらこっちがきたことあり。続編というか同年にでてる上に、前作と同じレコーディングセッションで生まれた23曲の内の前作に採用されなかった9曲で構成されているのでほぼDisc2みたいな感じ。前作がRolloercoaster、こちらがBridgeと呼ばれていて8曲にShock MeというEPをボーナストラックとして追加したのがこのアルバム。
とにかく1曲目の「Evil」から名曲すぎる、前作が良かった人は是非おかわりとして手に取ってください。退廃的なアコースティックサウンドの歌ものから最後の最後に金属的なエレキギターが炸裂、しかしこれまたギターの音は派手なのにボーカルの後方からしか聞こえない、本当に控えめな配置をしていて、ドアの向こうとか反対側のスピーカーから鳴ってるような最小限のカタルシスがじわじわと沸いてくる。これは初期から続くMedicine BottleやKaty Songの手法と完全に地続き、もう本当にこの路線が大好きになってしまった。あとは「New Jersey」が前作に入っていた曲をエレキギターメインにした別バージョン、あちらは牧歌的というか風景をなぞるような心地のいいアコギメインの弾き語りだったのに対しかなりドラマティックに装飾されていてこっちも泣いてしまう。
Red House Painters - Ocean Beach(1995)

名盤。解散後ソロへと続くSun Kil Moonにおけるフォーク・ロック路線がかなりハッキリ出てきた作品で、初期Red House Paintersらしい作風とこれ以降続くアメリカーナ路線が共存した唯一の作品。4ADからは最後のリリースとなったのもそれを象徴しているだろう。個人的にもうスロウコアとしては聞けず、CodeineやSlintと言ったポストハードコアの形態の一つとして、"スロウなハードコア"をやっていたバンド達とは違い、たぶん、Red House Paintersはカントリーロックやフォークの一つの新しいスタイルとしてのこれをやってきた感じがある。結果的にそれらがポストロック前のムーヴメント内で"スロウコア"として括られてしまったことは、アーティスト的には良くなかったのかもしれないが(Lowなどもスロウコアを非難している)、後追いとしては指標として助かったし、音楽の面白い部分でもあると思う。今作はそのルーツっぽさ、アメリカーナ的な元々あった要素が表に顕在化したのがこのアルバムかと。
というわけで前作までの靄が掛かったようなリバーブは控えめになり、もう少し音の輪郭がハッキリとした結果、特徴だった諦念感全開の仄暗いサッドコアサウンドは味わい深い枯れへと変化。M3のSan Geronimoはこの後数年開けてからリリースされてるバンドの最終作「Old Ramon」や、Sun Kil Moonでも見せる分厚いエレキギターのリフがメインになっていて、中盤からわかりやすく"サビ"的なフレーズが登場しラフな空気感の中でもちゃんとカタルシスがある。M5のOver My Headでは会話をそのまま録音したイントロ→弾き語り→徐々にバンドサウンドを足しながらアコーディオンにおけるソロパートへと雪崩れていく構成がラフさを感じるが故にほろりと来る。どちらの曲も肩の力抜いて聞けるのがとても心地が良い。曲によってフィドルやオルガンも導入、後のカントリー・ロックのカラーが既に出ているけど、M8のMomentsと言う曲に限っては初期から見せていたノイズを使ったオルタナティヴ路線の最後の曲という感じで、小音量で鳴り響くギターノイズが少しずつ大きくなりいつの間にか曲全てを飲み込んでいく。これまでの引きの手法とはちょっと違うが、風通しよくなったからこそこの王道さにもグッときてしまう。
Sun Kil Moon初期ら辺のマーク・コズレックもゴスな初期も大好きではあるけど、個人的にこれくらいのバランスがベストかなと思えてしまう唯一無二のアルバムがOcean Beachでしょう。一生聞いてたいと素直に思える。
Sun Kil Moon - Ghosts of the Great Highway(2003)

名ジャケ。Ocean Beachが良かったという方に是非オススメしたいのがこちらのSun Kil Moonの1stで、Red House Paintersにも間にもう2作あるんだけど、本記事の他作品と並べるのなら間違いなくこれでしょう。マーク・コズレックが完全に一人に分離してソロへと転向、Sun Kil Moonを名乗り始めてからの1stアルバムで、直後というのもありまだギリRed House Paintersの作品として聞けてしまえるくらいには近い。
「Salvador Sanchez」「Lily and Parrots」辺りの分厚いエレキギターのリフがメインの重厚なカントリーロックもありこの辺Wilcoの1stとか好きな人はそのまま行けるような感じで、Red House Paintersにしてはかなりアッパーだった最終作Old Ramonともすごく近い。もっとコンパクトにした感じ。そして「Carry Me Ohio」「Duk Koo Kim」におけるフレーズやマーク・コズレックのうつむいた歌い方、今にも消え入りそうな儚いフレーズからはRed House Paintersでのサッドコアなスタイルを十二分に感じれる。とくにDuk Koo Kimはあの名曲Katy Songを想起させる10分超のアンセムで、Katy Songにおける虚無的なループはフレーズや音色の種類もそんなに多くない、ひたすら狭い中でそれを繰り返し自分に籠っていくような印象で、今回はより鮮やかに、1曲の中でも色々な表情を見せながら美しくドラマティックに変化していくマーク・コズレック史上屈指の名曲。むしろSun Kil Monnになる過程においてのRed House Painters後期のアメリカーナ化より、それが完全に終え移行した後の状態で、初期の陰鬱さがまた滲み出てきたような気さえする。そこにたぶん過渡期であり、一つの完成系だったOcean Beachと似た空気を思い出してしまう。バラエティに富みながらも、前バンドからずっと根底にある仄かな陰鬱さがしっかり通してある、アルバムの構成もすごく良いため、スロウコア/サッドコアやゴス、アメリカーナといったラベル関係なく誰にでもおすすめしたい名盤。